頼りになる 働く障害者…買い物支援や見守りなど
地域に出て元気に働く障害者が増えてきた。就労施設内での作業にとどまらず、買い物が不自由なお年寄りに商品を届けたり、見守り役を担ったりする。
人と関わりながら働く喜びは大きく、地域の課題の解決や収入アップにもつながると期待されている。
今年5月、徳島県石井町周辺を販売車「移動スーパー みまもりレモン号」が走り始めた。地元スーパーで安く仕入れた食品や日用品など約800点を積んだ大型ワゴン。田畑を縫って走り、約60軒を巡る。運営するのは、知的障害者が通う就労施設「れもん」。職員と障害者がペアになり、販売する。
「いっぱい買ってもらえると元気が出る。お金をためて姉に車を贈りたい」と夢を語るのは、知的障害のある難波幸恵さん(49)。普段は、造花の組み立て作業などを施設内でしているが、販売車に乗り込む日は、重い買い物袋を高齢者の家に運び込むなど、楽しそうに働く。
週に2度来る「レモン号」を心待ちにしている同町藍畑地区の女性(85)はバナナやちくわを手に、こう言う。「前は自転車で30分かけて買い物に行ったが、10年前に『危ない』と止められ、一人で買い物に行けなくなった。自由にモノを選べるのは幸せ」
徳島県内では郊外に大型店が相次いで出来る一方、地元の商店が減り、市街地でも買い物に不自由する高齢者が増加。地域の課題となっていた。一方、就労施設では、障害者の収入アップにつながる仕事の確保が急務だった。
そこで、高齢者の買い物支援事業を障害者の仕事にすることを県が考案。賛同した3施設が昨年から順次事業をスタートさせた。「地域に喜ばれる事業。軌道にのれば障害者の収入増も期待でき、企業への就職を目指す人の訓練の場にもなる」と同県担当者。
被災地の宮城県角田市では、就労施設「第三虹の園」が、総菜やパンなどを載せた移動販売車を走らせる。高齢者世帯や仮設住宅などを巡り、ご用聞きもする。「はがきをポストに入れて」と頼まれたこともあるという。
知的障害のある女性(26)が接客を務め、常連客にかわいがられている。「障害者が地域で暮らしていくためにも、地域とのつながりは欠かせない。障害のある人が施設の外で働く意義は大きい」と同施設長の湯村利憲さん。
このほか、手作り弁当を高齢者宅へ届け、見守り役も担う施設や、草むしりなどの便利屋業務を行う施設、伝統工芸や棚田の再生に挑む施設など、地域と関わりながら働く障害者は増えつつある。
障害者の働き方などについて情報発信をしている、季刊誌「コトノネ」編集長の里見喜久夫さんは「少子高齢化により、既存の仕組みではカバーしきれない問題が地域に出始めている。それを障害者が補完する役割を担い始めた」と評価する。障害者の施設には給付費が出るため、事業を継続しやすい利点もある。「根気強くて真面目といった障害者の持ち味を生かし、活躍できる場が地域に広がれば、障害者に対する見方も次第に変わってくるはず」と話す。
収入増求めて新事業 低い「工賃」難しい自立
画像の拡大
ニンジンを収穫して笑顔を見せる男性。「汗をかいて働くことで、体力もついた。仕事が楽しい」と話した(茨城県つくば市で)
地域に飛び出し、新事業を展開する就労施設が増える背景には、「工賃」と呼ばれる障害者の収入を少しでも増やそうという狙いがある。
かつて障害者の働く場では、箱の組み立てや封入など、企業の下請け作業が主だった。しかし、1個数銭程度と安く、景気が悪化すれば受注量が減るなど、安定した収入につながりにくい面があった。
景気に左右されない収入源を得ようと、パンや菓子などの製造販売を手がける施設が増加。さらに収入アップにつながる仕事を求めて、新事業を始める施設は増えている。
厚生労働省によると、企業への就労が困難な人が働く「就労継続支援B型事業所」の平均月額工賃は、1万4190円(2012年度)。06年度の1万2222円に比べ、約2000円増えたが、まだ低水準。障害年金と合わせても、自立した暮らしを送るのは簡単ではない。
「大事なのは、市場で選ばれる商品やサービスを提供できるかどうかです」と話すのは、茨城県つくば市のNPO法人「つくばアグリチャレンジ」代表の五十嵐立青たつおさん。
同法人は、後継者不足の農業と、働きたい障害者を結びつけようと、B型事業所など三つの就労施設を11年から運営。知的、精神障害者約60人が、それぞれの強みを生かしながら畑で汗を流す。
農薬や化学肥料に頼らず、ニンジンやネギなど多種の野菜を栽培する。実績のある農家をコンサルタントにし、種苗の選び方から栽培法まで細かい指導を受けている。
その成果が出て、今春から、朝取った野菜を各家庭に宅配する事業を開始。また、市民農園に詳しい専門家を採用し、体験型農園の運営もする。
同法人のB型事業所の平均工賃は約2万5000円。全国平均を上回るが、五十嵐さんは「自立した生活を送れる工賃を目指したい」と話す。
国も障害者の収入アップのため、専門家を派遣して施設の経営管理の助言をしたり、商品の品質向上を手助けしたりする支援事業を行っている。
全国約1600の障害者就労施設などで組織する「全国社会就労センター協議会」(東京)の事業振興委員長、小池邦子さんは、「『障害者が作った』と言って売れる時代ではない。地域のニーズを見定め、施設側も積極的に地域と関わりながら、新しいことに挑戦していかなければならない」と話す。(板東玲子)
(2014年7月15日 読売新聞)
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=101836〓
[0回]