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http://www.jiji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2011121200846

除染の作業員死亡=「被ばく無関係」モデル地区で-福島

 政府の原子力災害現地対策本部は12日、福島県伊達市で日本原子力研究開発機構が実施中の除染モデル事業に従事していた建設会社の男性作業員(60)が死亡したと発表した。原子力機構は死因を明らかにしていないが、被ばくとの関係はないとしている。国などの除染事業で作業員が亡くなったのは初めて。
 男性は12日午後1時ごろ、同市霊山町下小国のモデル地区で、休憩中のトラック内で心肺停止状態で見つかり、約1時間後に病院で死亡が確認された。この日は午前10時から正午まで、マスクを着けて側溝の土砂を撤去していた。重労働ではなかったという。
 下小国地区は6月末、放射線量が局地的に高いとして特定避難勧奨地点に指定された。原子力機構は一部地域をモデル事業の対象とし、同日から除染作業を始めていた。(2011/12/12-20:32)

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忙しくてなかなか行くことができなかった南相馬に行ってきました。
一昨日(2011年12月8日)のことです。

河北新報に載っている放射線量を見ると仙台は0.07マイクロシーベルト/毎時程度だが、
南相馬は0.3マイクロシーベルト/毎時。

もっとも同新聞に掲載されている数字だけで言えば、
福島県内ではもはや南相馬の放射線量は相対的には低い方になっている。
福島市などでは1マイクロシーベルト/毎時が常態になっているから。

途中の相馬市などは6号線の沿道を見る限りでは、
宮城県内同様、お店なども通常営業に戻っていたが、
南相馬に入ると震災後から放置されてるらしい郊外型チェーン店舗が散見されるようになる。

また田畑には船がまだいくらか流されたときのまま置かれてもいた。






用事があったホテル六角は、原発20㎞圏のすぐ外。20.5㎞圏。
近づくにつれ、注意書きが書かれた看板が相次いで沿道に現れる。








20㎞地点で検問をしている警察がきちんと防護服を着ているのが意外だった。
ここまで来る間に他に防護服を着ているは見なかった。
マスクすら小さい子以外はつけていない。

ホテル六角はその名の通り珍しい形をしている。
ここがこの地域の支援活動のひとつの拠点になっている。
活動しているのは地元の人たち。

聞くと一度は市外・圏外に避難したが、また戻ってきたらしい。
家が20㎞圏内にあるため帰れない人もいれば、津波で何もかも流された人もいる。

話を聞くと、一緒に住んでいた家族がバラバラに住んでいるケースでは、
3~4か所に分かれて暮らしている人が一番多いらしい。
例えば祖父母は地元に残り、若夫婦の旦那は仕事の都合で仕事のある場所へ、
奥さんと子どもは県外の安全なところへ、といった具合に。

沿岸部を見て回ると田畑で瓦礫拾いをしている人たちを見る。
国の緊急雇用対策のひとつなのだろうが、これらの田畑から瓦礫を
取り除いたとして、その先はどういうふうに使うのだろうか。

南相馬には木造の規模の大きい仮設住宅群があるので、それも見てみる。
木造の仮設は初めて見たが、なかなか住み心地良さそう。
隣とも離れており、平屋の一軒家のようになっている。
でも、人は入っていない。






宮城もなかなか先が計算できない状況にあるが、
福島は計算しようにもその前提となる条件すら見通しが立たない状況にあるように感じる。




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プロフィール

HN:
No Name Ninja
性別:
非公開
自己紹介:
数年のサラリーマン生活の後、2008年1月~2009年4月まで日本以外の国・地域をぶらぶらし、2009年9月~2010年9月には非電化工房で弟子生活をしてました。

2010年10月19日から2ヶ月間、青森県東北町の「おかげさま農と暮らしの研究所(六ヶ所あしたの森)」のお手伝いをして、現在はフリー。

 

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